マルチリンガル医師のよもやま話

マルチリンガル医師の世界観で世の中の出来事を綴ります

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【サク読み】すっぱいブドウ <社会心理学>

オリンピック開催に対して「今やる意義がわからない」などと批判しておいて、大人数が集まるフェスに出演するミュージシャンもいます。

第3者から見れば、普通にダブルスタンダードですね。「や、外国から人来ませんから」とか「法律で禁止となってないでしょ」言って正当化する人もいるでしょう。

今回は、別にこの批判とかではなく、こういった際の人間の心理について学んでみましょう。

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誰しも経験アリ?

ところで、本来ならすべきないと思っていることを、するときは誰しも罪悪感を感じるものです。

中には、自分の規範に合わないことは絶対しないという聖人のような方もいるかもしれませんが、多くの人はこの経験はあるんじゃないでしょうか?

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彼氏はいるけど・・・

青春時代を振り返ってみてください。こんな経験ありましたでしょうか?

はい、もちろんみんながみんなモテモテなわけじゃないので(笑)別の例を。

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今の時期に行くのはよくないが・・・

これならどうでしょう?笑

いずれにしても、こういう普段ならば自分の価値観で【ダメ】としているものも、楽しいことだったり、少し期待しちゃうようなことだったら、行ってみたいとかなるのは自然なことです。

そうなると行っていいと自分を納得させる理由をアレコレと探していくものですね。

恥と罪悪感:日米の文化

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認知的不協和

この状況は、心理学では ”認知的不協和” といいます。

自分の価値観・モラルは今まで生きてきた中で築きあげてきたものです。その価値観・モラルに反する現実と遭遇すると、不快なストレスを感じるのです。

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認知的不協和とは

つまり、先ほどの例では、彼氏がいるから他の男の子と食事に行くのはダメという価値観(自己スキーマ*1 という)をずっと持ってきたけど、今回その価値観に反して、男友達とご飯に行くことになった自分に対して罪悪感自己矛盾などの”不快感”に苛まれます。これが認知的不協和です。

人間は、本能的にストレスを回避するように動きます。つまりは、今起きている現象の解釈を変えたり、ルールに特例を作ることで、その不快をなくそうとするのです。

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防御機制とは

このことを専門用語では防衛機制*2 といいます。

防衛機制は無意識のうちにおこり、不安や受け入れられない衝動から自己スキーマを守るために認知を歪める反応*3です。

それではいくつかこの例を見ていきましょう。

すっぱいブドウ

イソップ童話で『すっぱいブドウ』というものをご存知でしょうか。

お腹を空かせたキツネがブドウの木を見つけました。ブドウを獲ろうと何度もジャンプしますが一向に届かず食べることができませんでした。

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すっぱいブドウ

頑張れば報われるはずと思っていたのに報われないという矛盾に遭遇したキツネ。この認知的不協和を打開するためにキツネは、このブドウはどうせすっぱくてマズいんだと言いました。

英語では、"負け惜しみを言う" ことを cry sour grape と言いますが、それはこの話から来ています。

失恋後などに「あの人とは運命じゃなかった」というのもこれと同じですね。

ダメ男なのに

フィクションです。

A子さんは1つ下の彼氏と交際中。既に10回はお金を貸したが返してもらったことはありません。そして、今回またお金を貸してほしいと頼まれ、イヤイヤながらも貸すことにしました。

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ダメ男に尽くす

そんな彼女はふと思いました。なぜ、返ってこないことがわかっていて、今回もまたお金を貸すのだろうか。この認知的不協和に対して、彼女は答えを出しました。

彼のことが好きだから手助けをしてあげている。そう、こうしてお金を貸すという事実を『愛』や『援助』という風に定義を変えることでこの不快感を解消したのです。

自己正当化

人間は自分の行動に対する認知的不協和に遭遇すると、自己正当化をすることで、その不快なストレスを回避します。

そのために都合のいい情報を寄せ集めますが、ここまでは正常な反応です。

こうして考えると、今回のワクチンに対する反応も理解できます。

状況的には「打った方がいいかな」と思いつつ、ワクチンを打ちたくないときにどう反応するかです。認知的不協和を解消しようと、打たなくていい理由を集めますね。危険だとか、効いていないとか、不妊になる?とか。

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「ワクチンを打ちたくない」

しつこいですが、ここまでは正常な個人での反応であり、全く問題ありません。なので、僕もそれで打ちたくない人がいてもいいと思います。

しかし、稀にそこからさらに進んで、「周りの人も打っていない」という事実欲しさに他人を巻き込んで打たないように誤った科学情報を元に勧める人がいます。(最近は減った?)これは、どう考えても容認されません。

子宮頸癌ワクチンのネガキャン

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さいごに

いかがでしたか。

生きていると誰もが認知的不協和を経験します。そして、不快を回避するために自己正当化を行います。

ときどき、過去を振り返ると、あのときなぜあんなことをしたのだろうと考えることがありますね?そこにも当時のストレスへの回避行動があったのかもしれません。

知ってみると、自分たちにもすっぱいブドウがあるものです。

では、また(^^ノ

 

コロナワクチンと誤情報

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ファイザー副社長?の嘘

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CDCによるコロナ情報

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*1:Blakeslee, Thomas R (1996). Beyond the conscious mind: Unlocking the secrets of the self. New York, NY: Plenum Publishing Corporation. pp.

*2:Schacter, Daniel L. (2011). Psychology Second Edition. 41 Madison Avenue, New York, NY 10010: Worth Publishers. pp. 482–483.

*3:http://www.utahpsych.org/defensemechanisms.htm