マルチリンガル医師のよもやま話

マルチリンガル医師の世界観で世の中の出来事を綴ります

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プロ野球と日本統治計画?

小学生の頃、阪神タイガースの新庄剛志に惹かれて、熱狂的な阪神ファンでした。

今は、BIG BOSS として北海道で監督をすることになり、久しぶりにプロ野球に関心を持つ今日この頃。

ところで、プロ野球の話をするといつも思い出す”ある言説”があるんです。今回はそれについて解説します~

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正力松太郎

まずは、読売巨人軍を作った男、プロ野球の父との異名を持つ正力松太郎について知りましょう。実は少し前の記事でこの人について扱いました。

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正力松太郎とは

読売新聞の社主で、CIAの協力者(コードネーム:podam)だった*1正力は、唯一の被爆国・日本が、アメリカからの原発導入するまでのプロセスに民衆誘導で尽力しました。読売新聞と日本テレビもCIAに協力しました。

日本としてはソ連の影響を払しょくしたく、共産化による貧困化を恐れていました。アメリカも日本がソ連の影響下にならないために、原発の技術提供でアメリカの同盟という証を残したかったのです。詳しくは過去記事をご覧下さい。

被爆国が原発導入したワケ

www.multilingual-doctor.com

とりあえず、巨人を作ったのは、CIAの協力者であった正力松太郎であったということだけ押さえておきましょう。

※ちなみに正力は読売クラブ、のちの東京ヴェルディーも作りました。

野球は”遊び”

戦前は野球と言うのは『子供の遊び』くらいの認識*2でしかありませんでした。そんな野球を仕事にする『プロ野球』という考えは当時はバカにされていました。

なぜ、その考えが変わったのでしょうか。

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3R・5D・3S政策

その原因は戦後のアメリカの日本統治政策にあると言う説があります。

3S政策という名前でも知られているこの政策は、要は、日本の統治を容易にするためには日本人が政治に関心を持たないようにしようというものです。

3S政策

戦後、連合国軍が主導し日本を統治しました。

見た目も文化も大きく違う外国人が日本を統治することに反発が出ることは十分予想されており、そんな中で統治を容易にするために取り入れられたとされるのがこの3S政策です。いわゆる日本人愚民化政策・・・

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3S政策について

映画やスポーツ、性産業という3つの"S"の開放により日本人の政治関心を削ぎ、骨抜きにしようというのが目的だといいます。

ふむふむ、たしかに日本人は今、政治に関心ない人多いな~。

プロ野球が発達し、成人用ビデオも多いし、そういうお店も多いのはアメリカの策略だったのか~

 

、、、となんとな~く説得力がありますね。(笑)

さらに、プロ野球の父・正力松太郎はCIAの協力者ですからなおさら。

陰謀論?

実はこの話は、ちゃんとした根拠がないんですね。

これについて書かれてるのは先ほど紹介した、安岡正篤という歴史学者の書籍くらいです。さらに、アメリカの公開機密情報など、英語での文書は全く見つからないんです。

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心理戦略委員会の存在

日本への原発導入については、アメリカ心理戦略委員会による作戦が機密文書*3で公開されています。しかし、3S政策についてはこのようなものがないのです。

また、例えば、映画について考えてみましょう。

戦後、しばらくはGHQ厳しい検閲があり、自由に映画を作ることはできませんでした。サンフランシスコ講和条約後、日本は独立し、映画がたくさん作られるようになったのです。

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3S政策の矛盾点

そう、つまり、Screen 映画が増えたのは『GHQの統治』とは時期的にも無関係ですね。

日本での3S政策というのは、やはり後付けの一説に過ぎないのかもしれません。

韓国の3S政策

しかし、日本のお隣、韓国では実際3S政策が行われました。

例えば2021年に書かれたハンギョレ新聞の記事*4を見てみると次のようになっています。

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韓国で行われた3S政策

韓国は1987年に民主化しましたが、その前までは軍事独裁政権でした。

1970年代以降、国民による民主化運動が起こっており、その中で有名なのが光州事件(1980)です。韓国軍が自国民を大量虐殺した事件です。死者は170人にものぼりました。

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光州事件の後の3S政策

軍がクーデターを起こし、大統領となった全 斗は民主化運動を抑えるために光州事件で民間人を虐殺しました。これにより、国民の怒りが燃え上がる・・・

それをそらすために、1980年以降、カラーTV、各種スポーツの大会誘致、プロ野球、プロサッカーの開幕、さらには夜間通行禁止令を解除することで売春業が発展しました。

これが韓国の3S政策です。

日本ではあったのか?

さきほど述べた通り、文献をたどるところ、はっきりした根拠は見つかりません。

一方で、韓国の3S政策は、1983年の新聞記事*5でも登場してくる言葉で、実際あったことがわかります。

ところで、この時に『3S政策』という言葉が使われていたことを考えると、前例があったと考えるべきですね。

するとやはり、それは日本なのでしょうか??

アメリカの歴史学者である、ガブリエル・コルコは自著『第三世界との対決: アメリカ対外戦略の論理と行動』の中で、米軍による情報戦について解説しており、それが最も功を奏したのが日本だと言っています。

さいごに

アメリカが日本統治のために心理戦略を用いたことはすでに公開された機密文書でわかっています。

日本人を政治に無関心にさせるために行われたと言われる3S政策については、はっきりとした文献が見つかっていません。しかし、隣国の韓国では実際に行われました。

そして、その言葉の使用を考えると前例として日本では実際あったのかもしれませんね。

では、また(^^ノ