マルチリンガル医師のよもやま話

マルチリンガル医師の世界観で世の中の出来事を綴ります

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オイルショックとトイレットペーパー

コロナウイルス(COVID-19)関連肺炎で、デマが流れたせいでトイレットペーパーに長蛇の列ができ、買い占め(hoarding)が起こっていましたね。

トイレットペーパーはパルプ(再生紙)から作られているので、ポリエステルから作られるマスクとは関係がありません。同様におむつや生理用ナプキンも関係ありませんので、悪質なデマには注意しましょう。

 

さて、トイレットペーパーの買い占めと言えばパッと思い浮かぶのは「オイルショック」です。今回はオイルショックについて振り返ってみましょう。

 

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中東戦争

1973年に第4次中東戦争が起こり、イスラエルとエジプトなどが争いました。これによりOPEC(石油輸出国機構)参加の6か国が原油の価格を70%引き上げることを発表しました。(3.01ドル/bbl → 5.12ドル/bbl)

これの困ったところは、エジプトなどの陣営がアメリカなどイスラエル支持国に対しても石油を輸出しないとしたことでした。ご存知の通り、アメリカはイスラエルに1970年代以降援助を続けています。

1974年に入って、OPECはさらに2倍以上に原油価格を引き上げました。(5.12ドル/bbl → 11.65ドル/bbl

これに伴い、中東の原油に依存していた先進諸国は燃料・原料の不足などから物価の急激な 上昇が起こりました(←第一次オイルショック)。

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日本への影響

日本は当時中東の国の政治には大きな関わりを持っていませんでした。もちろんイスラエルの支援もしたことはありませんでした。ただ、日本はアメリカと軍事同盟があるので、結果として「イスラエル支援国家」とみなされたわけです。

しかし、資源がない日本で石油が入ってこないことは非常に困るので、当時の副総理が中東に事情説明に行き、「わたしたちはイスラエルを支援しておらず、中立です」とし、禁輸は免れました。

しかし、原油価格は当初の4倍ほどになったことで日本の経済へも大きな影響が出ました。

 

トイレットペーパー騒動

第4次中東戦争が起こり、原油価格の引き上げが決まった時に、政府は「紙節約の呼びかけ」を行いました。それにより「紙がなくなる」という噂が広まり、集団心理とともに各地に広がりました。

この現象は実は大阪・千里ニュータウンからスタートしました。あるスーパーのトイレットペーパーの特売のチラシで「紙がなくなる!」と書いたことがきっかけです。

店としては特売で安すぎてすぐに売り切れるという意味で「なくなる」としたそうですが、この時期の状況と相まって不安をあおってしまいました。その時の買い物客のパニックの状況がマスコミにも伝えられ全国的に広まったのです。

実際は日本の紙生産は十分安定していました。

そもそもなぜ日本政府は「紙節約」を呼びかけたのでしょうか?いまだに謎です。

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買い占めによる価格上昇

トイレットペーパー騒動により、消費者はたくさんのトイレットペーパーを買い占めて保管しました。なくなるかもしれないという不安から定価の倍以上の価格のトイレットペーパーもみな売れました。

この買い占めは他の生活必需品にも及び、洗剤や砂糖などにも広がりました。

国は火消しに奔走し、新しい法律を作ってトイレットペーパーなどの標準価格を定め、5か月後の1974年3月にはこの騒動は落ち着きました。

 

意外な影響

原油価格の高騰に伴い、省エネに注目が集まりました。その流れで、百貨店のエスカレーターが止められたり、終電の繰り上げや、プロ野球のナイターの時間を早めるなどの様々な分野への影響が見られました。

NHKなどでは23時以降の深夜放送の中止などもされました。

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第二次オイルショックとその後

1979年にイランで起こった革命(イラン革命)によりイランが石油の生産を中止しました。それに伴いまた原油価格が高騰しました。

日本はイランから大量の原油を購入していたので、大きなダメージが想定されましたが、第一次オイルショックからの学びにより、それほど大きな被害にはつながりませんでした。

日本が中東からの石油にあまりに依存していることがあらためて浮き彫りになった2回のオイルショック。その後、日本はエネルギー改革に舵を切りました。

はい、原発を進めていったワケですね。

福島第一原発についてはコチラ

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まとめ

高度経済成長期の日本にとって主なエネルギー源は中東から輸入していた石油でした。そのため、2度にわたるオイルショックで日本経済にも影響があり、いかに「中東に依存した経済」なのかを実感した日本でした。

高度経済成長についてはコチラ

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オイルショックで石油価格の高騰で、日本政府は国民に『節約』を呼びかけましたが、なぜか「紙の節約」を呼びかけました。また、同時期にスーパーでの特売のトイレットペーパーの宣伝文句との相乗効果で『トイレットペーパー買い占め騒動』につながりました。

オイルショックから日本は中東の石油への高依存のリスクを実感しエネルギー政策の変換に乗り出し、原発が普及した原因にもなりました。