小さい頃の記憶って何歳くらいの頃からありますか?僕は4歳以降しか思い出せません。これは一般に幼児期健忘と呼ばれます。
今回はこれについて少し学んでみましょう。
海馬と幼児期健忘
一般的には3歳より前の記憶は残りにくいと言われています。
人間の脳の中で記憶を司る海馬という部分が存在します。
海馬は血流が悪くなったり、ストレスを長くうけると壊されていき、萎縮していき記憶力が悪くなります。アルツハイマー病やPTSDで見られる所見です。
幼児期健忘は、この海馬が未熟なためうまく記憶できない、またはうまく思い出せないことで起こるのではと考えられています。
幼児期健忘の原因
今回はこの幼児期健忘の原因についての科学雑誌 Nautilus の記事*1を見ていきましょう。
最も古い記憶
この記事のタイトルは
『幼児期の記憶の行方』なかなか惹かれますな~笑
長いのでいつものようにかいつまんでいきましょう。
この筆者が思い出せる最も古い記憶は、幼稚園の砂場の砂利を宝物に保管してるということだそうです。
その後の幼稚園の記憶も断片的に思い出せる程度だと言います。
このようなことを一般に『幼児期健忘』と呼び、多くの関心を集めています。
成長に必須の過程
ここ数年の研究で、幼児期健忘に関する脳内での出来事がわかりつつあります。
なんと、それらの研究を合わせると、大人になるために赤ちゃんの時の記憶を忘れ去ることが必須の過程だというのです。
フロイトが命名
そもそも幼児期健忘という言葉が作られたのは1900年代初頭。誰もが知っているフロイト博士が名づけました。そして、フロイトによる説明では、幼児期健忘は”性の目覚め”により起こるものだとされました。
そして、7歳まで安定した記憶は形成されないという見解を出し、その考えは広く受け入れられました。
1980年代後半
しかし、小児の記憶に関する研究が盛んになり始め、フロイトの説に疑問を呈する学者も出てきました。
米・アトランタにあるエモリー大学のパトリシア・バウアーらの研究では、3歳以下の幼児でも一定期間の記憶が続いていることが判明しました。
つまり、フロイトの説いた「7歳まで記憶の形成ができない」ということはないということです。
しかし、2005年にバウアーらが行った実験*2では、あるおもしろいことがわかりました。
5歳半と7歳半の子供らの間で、3歳児の記憶の保持に大きな差があったのです。そのことから、6歳頃から赤ちゃんの頃の記憶が薄れるのだろうと考えられています。
言葉の習得
物事を区別したり学習するには言葉は非常に重要です。
記憶の形成や維持にも”言葉の習得”や”自己の認識”が必要だと考える学者らもいます。要は、幼児期は言葉の習得が未熟なので幼児期健忘となるのでは?という考えです。
しかし、ネズミは体の割に脳が大きいですが、人間のような言葉を持たず、『自己』の認識もできませんが(たぶん)、我々と同じように”幼児期健忘”が見られるのです。
つまり、言葉や自己認識は記憶そのものに必ずしも必要というわけではないのです。
未熟な脳で生まれる
人間は進化の過程で二足歩行ができるようになり、手を自由に使えるようになりました。それゆえできることが増え、器用さも増し、それに伴い脳も大きく発達しました。
人間の脳は他の哺乳類よりも大きく重いです。しかし、二足歩行を得た人間の骨盤は狭くなったので、頭が小さいうちに産む必要があるのです。ゆえに、脳は未発達の状態で生まれてきます。
ウマは生まれてまもなく立ち上がれますが、人間は1歳でようやく歩行ですね。それだけ未熟なまま生まれているのです。
バウアーらの2009年の研究*3では、人間は未熟な脳で生まれるため、最初の3年間で作られる長期記憶は不安定であり、忘れてしまうとしています。
メモリがいっぱい
これに対して別の説もあります。
海馬で神経細胞が増えると記憶や学習につながることは容易にイメージできると思います。しかし、この海馬にも神経細胞数の上限があって、それ以上は保持できない*4というのです。
生まれたばかりのときって、本当に未知との遭遇ですよね。周りにあるものすべてを学習・記憶していかねばなりません。そのため、ものすごいスピードで神経細胞を作っていくため、容量不足に陥り、データ整理が行われるというのです。
また、ネズミの実験を通してこのようにまとめています。
どんどん新しい神経細胞ができて海馬の容量がいっぱいになっても、古い記憶が一掃されるわけではなく、再構成している(=経路が変わっている)ため、元々の記憶にたどり着くのが困難になると言っています。
わかりやすく例を出すなら、こんな感じ↓↓ですね
忘れたのではなく、思い出せないだけ。
不正確な記憶
再構成された幼児期の記憶は、ふとしたときに思い出すことがあります。通っていた幼稚園を見たときや、幼いころの呼び名などを耳にした時など。
しかしこれらの記憶はあまり信用できません。
認知心理学者のエリザベス・ロフタス氏らの研究*5によると、幼児期の記憶は、『記憶の再構成』により実際の記憶以外の伝聞や空想による影響をも受けていることがわかりました。
さいごに
いかがでしたか。
赤ちゃん~5歳くらいの記憶ってほとんど僕もないのですが、それは記憶のメモリがいっぱいになったことで”記憶の再構成”を行い、一部は消去、一部は他のものと統合されたりして保存されているそうです。
そして、記憶がないのではなく、思い出せないのだということもわかりました。
何かの景色、音、匂いをきっかけにふと蘇る幼児期の記憶は、他人からの”再構成”により伝聞や想像が混ざって構成されており、事実とは異なっています。
うーむ、なかなか面白いですな~
では、また(^.^)ノ
*1:https://nautil.us/issue/58/self/this-is-where-your-childhood-memories-went-rp
*2:Van Abbema, D.L. & Bauer, P.J. Autobiographical memory in middle childhood: recollections of the recent and distant past. Memory 13, 829-845, (2005).
*3:Bauer, P.J. The Life I Once Remembered www.zerotothree.org (2009).
*4:Deisseroth, K. et al. Adult excitation-neurogenesis coupling: mechanisms and implications. Stanford University.
*5:Loftus, E.F. & Pickrell, J.E. The formation of false memories. Psychiatric Annals 25, 720-725 (1995).