マルチリンガル医師のよもやま話

マルチリンガル医師の世界観で世の中の出来事を綴ります

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失われ行く信仰心とその影響

日本人は、お葬式や法事の時だけ、お坊さんと関わり、仏教徒と呼ぶのがおこがましいほど宗教色が薄いことが多いです。

これは、”葬式仏教”と揶揄されるもので、歴史を知れば理由もわかります。

日本人が無宗教な理由

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さて、そんな我々日本人から見ると、日曜日に教会に行くようなアメリカ人たちは”敬虔な信者”に見えるわけです。

しかし、時代とともにやはりアメリカでも変わってきているようです*1

1/4以上が無宗教

最近の、ある調査*2によれば、現在のアメリカでは、1/4以上の人たちは『自分は無宗教』と答えます。

”自分は無宗教”と答える米国人

これは歴代で最大の数字になるそうです。

そしてその、”無宗教”と答えた人たちのうち、2/3の人たちは、親はなにがしかの宗教に属していることがわかっています。

このように現代のアメリカ人は、キリスト教だけでなく、あらゆる宗教から距離を置こうとしていることがうかがい知れます。

宗教不信が強まっていく時代

現代では、信仰によりどのようないいことが起こるとしても、その”福音”は多くの人には届きません。それ以上に、「宗教なんていらねーよ」と考える人が増えているのが現実です。

世俗主義

世俗主義とは政治や個人の行動の規範は、宗教の影響から独立していなければならないという意味のもので、政教分離というものと似たような考えです。

1880年代にニーチェが発した「神は死んだ」という発言は有名です。

世俗主義とは

この世俗主義が一気に広まったのは20世紀に入ってからです。

それでもなお、アメリカでは他の国ほど広まりませんでした

1980年代のギャロップの調査でもおよそ7割のアメリカ人はどこかの教会に属している(信仰心がある)ことがわかっています。

1990年代に突如、無宗教が急増

しかし、90年代に入って急にアメリカで無宗教を主張する人々が増えたのです。

ここ30年での大きな変化はなぜ起きたのでしょうか

政治の影響

1970−80年代、信仰心というのは共和党にとって非常に重要な資金集めのツールでした。

保守的な共和党は保守的なキリスト教とタッグを組むようになりました。

共和党と”保守”で協力

すると、リベラル派の若者からすると、政治色の強まった宗教とは距離を置くようになったのです。

また、社会変化も理由の1つです。

特に低所得層での婚姻率の低下もまた宗教を遠ざける要因となっています。

婚姻率の低下

宗教は神とのつながりを持つだけでなく、いついつに何々をするといった儀式・イベントの規定や家族同士のつながりももたらすからです。

日曜日に子供を連れて教会に行くのも地域のコミュニティとのつながりを持つ行事です。

結婚をせず、家族を持たない者たちからすれば、それは全くの無縁です。

コロナの影響

新型コロナ感染症の初期にアメリカではかなりの死者を出しました。

ワクチンのまだないとき、できることは接触を減らすことしかありませんでした。

ロックダウンリモートワークなどが取り入れられ、人と人の直接顔を合わせて話すなどというコミュニケーションが一気に減少しました。

新型コロナの影響も

教会の礼拝で集まることも減りました。

そして、一度変わってしまった文化は元通りにはなりません

特に信仰心を持たない10代では他人と行動をともにするという時間が大幅に減ったという報告があります。

一人だけの時間が増えた

”おひとり時間”が増える傾向は他の年代でも見られています。

低所得層で未婚の男性のグループで特に顕著です。

やはり、婚姻と宗教観の関連がここでも見られるのです。

無宗教と孤独

今年、面白い研究結果が報告されました*3

無宗教の人は、ボランティア活動することが少なく、社会活動に不満を持ちがちで、孤独を感じやすいということがわかりました。

無宗教の人は孤独を感じやすい

日曜日に教会に行って、地域の人たちと交流するという昔ながらのアメリカのスタイルは変わってきています。

こうして近所づきあいも減っているようです。

近所づきあいの新たな方法が見つからない

宗教により、同じものを共有するという大きな土台があって、人々は社交性を広げていたと考えられるのです。

スマートフォン

現代のアメリカ人は宗教からは離れるようになる一方、新たな科学技術との関係を深めていっています。それはスマホ(厳密にはインターネット)です。

スマートフォンの普及

スマホは、人類の生活を大きく変えました。

一人一人が、スマホの画面を見て、”個の時間”をたくさん持ちます。便利で、24時間いつでも買い物ができ、あらゆる商品が手に入ります。

見たいものだっていつでも見れる・・・

これは、決められた日時に教会に行き、他の人と交流するという宗教とは対極にあるものです。

失ったものに気づくのは数十年後?

アメリカ人はここ数十年かけて宗教という物を喪失してきました。

しかし、それにより本当に失われたものに気づくのも数十年かかるかもしれません。

さいごに

いかがでしたか?

個人的には宗教は対立や、それを理由に戦争につながることもあり、あまり好きではありません。

何かを信じ込むというのも好きではありません。

しかし、大きな悲しみがあった時などに、”心のよりどころ”があると助かることも多いのは事実かもしれません。

このような認識でした。

個人主義と強いと考えられがちなアメリカ人が、他者との交流をもつツールとして宗教があったのですね。

勉強なりました。

 

では、また(^^♪