マルチリンガル医師のよもやま話

マルチリンガル医師の世界観で世の中の出来事を綴ります

MENU

小児マウスピース矯正の闇

「うちの子、将来歯並びが悪くなるかも……」
乳歯から永久歯への生え変わり時期、少しでも歯が斜めに生えてきたり、ガタつきが見られたりすると、焦って歯医者に駆け込みたくなるものです。
しかし、ここに今、大きな「闇」が潜んでいるのです。
今回はこの辺、学んでいきましょう。

マウスピース矯正の背景

まず、歯科業界の構造的な背景を知っておく必要があります。
理由は大きく分けて3つあります。
背景①:コンビニより多い「過当競争」
現在、日本国内の歯科医院の数は約6万7,000軒を超えており、「コンビニの数より多い」と言われて久しい状態です。
一般的な虫歯治療(保険診療)だけでは、歯科医院の経営は年々厳しくなっています。
そこで多くの歯科医院が生き残りをかけ、保険適用外で高額な費用を設定できる「自費診療」、特に「矯正歯科」に参入し始めました
つまり、医療ではなく「利益重視のビジネス」として矯正を勧める医院が増えてしまったのです。
コンビニよりも多い歯科
背景②:参入障壁低下
従来のワイヤー矯正は、専門のトレーニングを積んだ「矯正専門医」でなければ手を出せない領域だったのです。
しかし、近年のデジタル技術の発展により、マウスピース矯正は「歯型をスキャンしてデータをメーカーに送れば、AIとメーカー側が自動で治療計画とマウスピースを作ってくれる」というシステムに進化しました。
これにより、矯正の専門知識をほとんど持たない一般の歯科医も、簡単にマウスピース矯正をメニューに導入できるようになってしまったのです。
背景③:親の不安に漬け込む
「子どもの歯並びを綺麗にしてあげるのは親の義務」「今やらないと将来苦労する」といったフレーズは、親の愛情や不安を非常に強く刺激します。

小児歯科矯正の「闇」

では、具体的にどのようなトラブルが存在するのでしょうか。実際に問題となっている5つのケースを見てみましょう。

① 本当は不要な「軽症例」

子どもの顎は成長段階にあり、乳歯の段階で少しガタガタしていても、顎が横に広がることで、永久歯が自然と綺麗に並ぶケースは珍しくありません。

つまり、「何もしなくても、経過観察だけで綺麗に治る子ども」が一定数存在するのです。
しかし、利益優先の医院では、初診の相談日に「今すぐ始めないと手遅れになる」と不安を煽り、その場で流れ作業のように数十万円のマウスピースの契約を迫ります。
本来なら不要だった費用を支払わされている親は少なくありません。

② 「大人の矯正が不要に」

小児矯正の本来の目的は、歯を綺麗に並べることではなく、「永久歯が正しく生えるための土台を整えること」です。
しかし、「このマウスピースさえやれば、将来大人の矯正は不要になります」と断言して売る医院もあります。
これは明らかな過大広告です。子どもの成長発育は予測しきれない部分があり、1期治療を頑張っても、永久歯が生え揃った後に結局ワイヤー等での2期治療が必要になるケースは多々あります。
その際、追加でまた数十万円を請求され、トラブルに発展します。
③ 専門知識不足で悪化
矯正専門医でないと、そのメーカー任せの楽チン・マウスピースが「その子の骨格に本当に適しているか」を正しく診断できないことがあります。
例えば、重度な受け口や、重度のガタガタは、マウスピース単体では治せない「適応外」の症例です。
無理にマウスピースで歯だけを動かした結果、前歯が全く噛み合わなくなったり、歯根が吸収されて短くなったり、顎関節症を引き起こしたりする深刻な健康被害が出ています。
マウスピース矯正は歯を傾斜させることが目的なので、歯根の部分は変わりません。つまり、あまりにガタガタな歯並びでは治療効果は低いのです。
④ 言い逃れがしやすい
マウスピース矯正は、1日20時間以上、確実に装着することが絶対条件です。食事と歯磨き以外ずっと装着
しかし、まだ幼い子どもにとって、口の中に異物を長時間入れ続けるのは大きなストレスです。

痛がったり、違和感で寝ている間に外してしまったりすることは日常茶飯事です。
いざ「全く歯が動かない」「効果が出ない」となって医院に相談すると、
「お子さんがちゃんと着けていないから」「親御さんの管理不足です」と冷たく突き放されるということだってあります。
購入前の「簡単ですよ」という甘い言葉とは裏腹に、過酷な管理リスクをすべて親に押し付ける構造になっているのです。
⑤ 突然の「計画倒産」
「SNSで症例写真を載せてくれれば、実質無料になります。一度全額をローンで払ってください。毎月キャッシュバックします」という甘い罠で勧誘し、数ヶ月後に運営会社が破産、数十万円のローンだけが残るという事件が実際に起き集団訴訟になっています。
ローンを組む前に信頼のおけるクリニックなのかをしっかりと見極める必要があります。

3. 成長期に歯は動きまくる

「永久歯が生えてきたら、すぐに真っ直ぐ並べなければいけない」という思い込みをしている人も多いです。
しかし、子どものお口の成長はそんなに単純ではありません。
結論から言うと、「生え変わりたての時期に焦って早く歯を動かしても、後から他の歯が生えてくると、その圧力でまた移動してしまう」のです。
前歯2本がまず生えてきて、この時に、「いがんでいる!ヤバい」と慌てて矯正に行く前に、これを知っておきましょう。
その後から生えてくる奥の歯は、硬いものを噛むような強い歯ですよね。それが強い力で周りを押し退けながら出てきます。
そのため、せっかくマウスピースで綺麗に並べた前歯も、後から生えてきた歯にグイグイ押され、またガタガタに・・・ってこともしばしばあるんです。

「醜いアヒルの子」

上の前歯がハの字に開いて生えてきたというケースはよくあります。
これは小児歯科の世界では「醜いアヒルの子時代」と呼ばれる、誰にでも起こる一時的な「正常な成長プロセス」であることがほとんどです。9割が自然に治ると言われています。

この醜いアヒルの子時代に「マウスピース矯正今しとかないと、一生すきっ歯のままですよ!」と不安を煽る歯科医がいるかもしれませんが、必ず他の歯科医でも意見を聞きましょう。
自然に治っただけでも、「ほら、マウスピースやってよかったでしょ」と言われ終わる可能性が高いのです。

歯科矯正は何歳から?

では、実際の小児歯科矯正は何歳から始めるのが推奨されているのでしょうか?
結論から言うと、一般的には「上下の前歯4本と、奥の大臼歯(6歳臼歯)が生え揃ったタイミング(6歳〜9歳頃)」がひとつの目安になります。
パターン①:早め推奨
「歯そのものの傾き」ではなく、顎の骨格そのものに大きなズレがある場合は、永久歯が生え揃うのを待たずに、早めに骨格の成長をコントロールする治療を始める必要があります。
簡単に言えば、受け口だったり、重度の出っ歯顎の骨の左右非対称は5~6歳の早いうちに”しっかりした”矯正歯科や口腔外科に受診しましょう。
パターン②:待つべし
一方で、骨格的なズレはなく、単純に「歯が少し凸凹している」「生えるスペースが狭そう」というケースは、早く始めすぎると治療期間が無駄に長くなるだけです。
なので、犬歯や奥の小臼歯が生え変わる小学校高学年頃(9〜11歳)までじっくり経過観察を行います。
他の歯に押されて動くので、それらのバランスも見極める必要があるからです。
それなのに、早くから数年間も延々とマウスピースを着け続けさせられ、子どもはストレスを感じ、親は毎月の調整費を支払い続けるという『歯科だけ得』の流れに入ってしまいます。

まずは知識を持とう

子どもを「矯正ビジネス」の犠牲者にしないために、4つのチェックポイントを紹介します。
対策①:セカンドオピニオン
いくら先生が親切そうで信頼できると感じても、即決は禁物です。
「矯正歯科を専門に行っているクリニック」を2〜3軒まわり、同じ診断が出るか確認してください。
「まだ様子見で大丈夫」と言う医師がいれば、そちらを優先したらいいでしょう。ただし、定期的にフォロー診察を受けるようにしてください。
あと、しっかりと説明をしてくれ、質問や不安点にもちゃんと答えてくれるか、これも重要ですね。
対策②:認定医・専門医

歯科医師免許さえあれば、誰でも看板に「矯正歯科」と掲げることができます

なので、矯正歯科と書いてあるからといってその専門医ではないのです。

「日本矯正歯科学会(JOS)」が認めた「認定医」または「専門医」が常駐している医院を選びましょう。

彼らは何年も矯正だけの専門トレーニングを積んできたスペシャリストであり、骨格に基づいた正しい診断ができます。
ちなみに、全歯科医のうち矯正歯科認定医はわずか2.5%しかいません
それゆえ認定医を持つ歯科医はたいていホームページでそれを強調しているのでわかりやすいです。
マウスピース矯正だけをやっているところは・・・(^o^;)
対策③:セファロ検査
先ほども書いたように、骨格に基づく診断が重要です。
これには、セファロと呼ばれる頭部のレントゲン撮影が不可欠です。
これをせずに、「マウスピースで治りますよ」は適当な診断と考えればOKです。
対策④:知識をさらっと出す
カウンセリングの際、マウスピース矯正をゴリ押ししてくるときには、知識を少し出すのもいいでしょう。
  • 「別の歯科では、これは醜いアヒルの子だから様子を見たらいいと言われた」
これを言うだけで、「適当なことは言えないな」とプレッシャーをかけることができるかもしれません。
ま、いずれにしても一番重要なのは①ですね。
まとめ:正しい知識を持とう
小児のマウスピース矯正自体が、すべて悪というわけではありません。
適切な症例に対して、経験豊富な専門医が正しく使用すれば、子どもの負担を減らしなが優れた効果を発揮する素晴らしい治療法です。
問題なのは、「しなくてもいい子」「マウスピースでは治らない子」にまで、金儲けのために一律でマウスピースを売りつける一部の悪質な歯科医院や業者の存在です。
「早く治療を始めること」が正解ではなく、「最適な時期まで正しく『経過観察』ができる医師に見守ってもらうこと」が正解です。
定期健診(3〜6ヶ月ごと)で見守り、本当に手助けが必要なタイミングが来たら初めて装置を提案してくれる歯科医師が、最も誠実で信頼できます。
では、また(^^♪