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バブル期を振り返ろう - Vol.1 バブル期とは何か? -

新型コロナウイルスの影響で世界的に株価暴落が起こっており、世界恐慌になるのではと恐れられています。「第二のリーマンショックか」とも言われる今回の世界的な経済危機はどうなるのでしょうか。

リーマンショックについての記事はコチラ

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さて、日本経済の話をするときにいつも出てくるキーワードがあります。そう、バブル崩壊です。バブル崩壊って実際どんなものだったのでしょうか。

2回に分けてバブル崩壊までを一緒に学んでいきましょう。

 

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経済成長率の鈍化

日本は戦後高度経済成長期であったころ、1973年に第4次中東戦争を機にオイルショックが起こりました。これにより石油依存の社会であった多くの国が大打撃を受けました。

オイルショックはコチラ

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そして、1974年に日本は戦後初めてのマイナス成長、つまり、GDPの増加率がマイナスに転じたわけです。日本の高度経済成長期はこうして終わりを迎えました。

経済成長率についてはコチラ

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その後スタグフレーション*1の状態でありました。日本はエネルギー資源を石油に依存しすぎていたことを顧みてエネルギー改革を行ったため、比較的早期にオイルショックの不況から逃れることができました。

 

ペティー・クラークの法則

オイルショック後は日本では石油や重油などをたくさん使う産業は低迷していたので、違う分野に力を入れました。自動車産業電化製品です。

また、こうして日本は商業・運輸・サービス業第三次産業へと舵を切りました。簡単に言うとこれが日本がバブルになった理由です(笑)

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ペティー・クラークの法則

上図のように、ペティー・クラークの法則というものがあり、国が発展するときはその産業構造は第二次、第三次産業へとシフトするというものです。日本もオイルショック後は第三次産業にシフトしました。

 

レーガノミクス

ちょうどこのときアメリカはRonald Reagan大統領レーガノミクスという高金利政策と減税政策を行っていました。ちなみにアベノミクス低金利政策です。

アメリカもオイルショックの影響を受けていて景気が悪く、スタグフレーションにあったためそれを脱却するために、軍事費用を増やし「強いアメリカ」をめざし、さらに減税を行い消費を促すような政策でした。

この政策によりドル高・円安となったため、日本にとっては輸出で儲かるチャンスとなったわけです。

覚えておいてください、輸出で儲けるのは円安!!アベノミクスも円安にして輸出を増やしたいのでしたね。

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レーガノミクス

貿易摩擦とプラザ合意

日本は産業構造変化とアメリカのレーガノミクスのおかげで車や家電貿易黒字が相当強まりました。もちろん裏には日本製品の品質の高さもあってのことです。

すると、気が悪いのはアメリカですね。「お前ばっか儲けやがって!」ということで貿易摩擦が起こったのです。

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上の図のような流れでアメリカ様を怒らせてしまった日本は、アメリカからの牛肉、オレンジなどの農作物の輸入拡大と、ジャンボ機の購入をすることになりました。

日本航空(JAL)はボーイング747を113機も導入してその維持費が高すぎたことも経営破綻の理由とされています。

1985年にニューヨークのプラザホテルにG5(米英仏独日)首脳が集まり、なされたのがプラザ合意(Plaza Accord)です。

「ドルが不安定になりつつあったことで世界経済のためにみんなでなんとか安定化させましょう」

という名目ですが、実質は円安・ドル高によりアメリカが貿易赤字がひどくなりすぎたので、なんとか円高・ドル安の方向へもっていきたいので合意をとったというのが実質でしょう。

 

円高不況

プラザ合意(1985)で米ドルの安定化を図り徐々に【円安→ドル安】の方向に進みました。プラザ合意があった時点では1ドル=240円くらいでしたが、その後1987年に入ったころでは1ドル=160円くらいまで円高・ドル安が急速に進みました。

さっきもやりましたが、日本が貿易で儲ける(=どんどん輸出する)為には円安が必須条件でした。円高では日本の輸出は伸び悩むわけです。

こうして日本は円高不況と呼ばれる状況にい陥ったわけです。

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プラザホテル

バブル経済期と財テク

円高不況となった日本政府は景気刺激政策として低金利(金融緩和)を打ち出します。要するにお金を借りるときに返済する利子を下げましょうということです。

こうなると、「お金が借りやすい」状況となり、新しいビジネスを始めたり、事業拡大をすることが容易となるので、お金が回りやすい社会になるわけです。

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再開発事業も進んだ

そして大都市では再開発事業も進んでいきました。こうして土地の価格は上がりました。当時、一般人の中でもお金を借りて土地を買うブームがありました。土地がどんどん上がると信じられていたからですね(土地神話)。

そして企業も土地や株式に投資しまくり、資産を増やそうとしました。こういったことは財産増加テクニック(財テク)と呼ばれます。また、円高であるために日本企業による国外企業や不動産などの買収も多数行われました。

また、株ブームは「儲け話」によって爆発的に広がり、多くの人が株を買いまくりました。これにより日本の株価が上がったのです。

これがいわゆるバブルの時代(1986-1991)なのです。

 

バブル時代は高度経済成長期ではない

 ちなみにこのバブルの時代は高度経済成長期に入らないのでしょうか?答えは入りません。高度経済成長期の定義は「実質経済成長率がおおよそ10%以上」でした。

バブル期は土地や株価は実体経済とかけ離れて高騰しただけなのです。この時期の実質経済成長率は5%程度だそうです。

高度経済成長についてはコチラ

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次回は、バブル経済期からバブル崩壊までを簡単に学びましょう~

バブル崩壊はコチラ

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*1:経済は停滞するが物価が上昇し続けること