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バブル期を振り返ろう - Vol.2 バブルはなぜ崩壊した? -

前回に引き続き、バブル崩壊(1991-1993)はどのようにして起こったのかを学んでいきましょう。前回は戦後の高度経済成長期からバブル経済期(1986-1991)までの部分を学びましたね。今回はいよいよバブル崩壊のときを迎えます。

バブル経済についてはコチラ

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土地神話

プラザ合意(1985)ののち、円高・ドル安が進みました。そのせいで日本は輸出で以前のようにボロ儲けが難しくなっていました。

日本政府は低金利政策に乗り出して、「お金を借りやすく」する社会を作ったところ、新たな事業開拓や、都市開発などが加速し土地の価格が上がりました。

当時は「土地神話」があり、土地の価格はどんどん上がり続けると信じられていました。そうすると、買った土地がさらに値上がりすると、その土地を担保にまた銀行にお金を借りるのでした。

「土地神話」にとりつかれていた銀行もまたどんどんどんどんお金を融資しまくったわけです。値上がりすることを見込んで土地の価格よりも高い額を融資したりもしました。(つまり、土地の価格が暴落したらそれは不良債権となるわけです。)

 

株価の高騰とその弊害

大企業だけでなく、個人においても大きな動きがありました。1987年にNTTが上場して株を買えるようになったわけですが、その株価がどんどん上がり続けたのです。

その「儲け話」を聞きつけ多くの人たちがよく何も知らないままに「株」を買いまくったのでした。こうして日本の株価は高騰しました。日経平均株価は史上最高値38,957円44銭まで上がったことがあります。

株価が上がる(多くの人が株を買う)と、企業からすれば、わざわざ銀行にお金を借りる必要がなくなります。しかし銀行はお金を貸して利子で儲けるので、お金を借りてもらわないと困るわけです。

困った銀行は企業ではなく、個人に目を向け融資の話を持ち掛けます

「この土地、放っておいては勿体ないですよ。マンション建てたらものすごい儲けになりますよ」

また、この時期、マスコミも「土地神話」を煽り立てました。そしてこの儲け話に乗った地主たちが土地を担保に銀行からお金を借りてマンションなどを建てまくりました。

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総量規制

土地の価格が高騰しすぎ、実態と合わない額にまで膨れ上がったのです。中身がないまま膨れ上がってやがてはじけるのはbubbleにたとえられました。

「浮かれてしまった日本経済」はもう取り返しのつかない状態になっていたのです。

そこで大蔵省は総量規制(1990)を通達し、土地購入のための融資を減らすようにしました。それと同時にプラザ合意後に行った低金利政策を改めて金利を上げました。

つまり、お金を貸す量に制限をかけ、借りる側にも金利が上がることでお金を借りにくくしたわけです。

他にも地価税と言って土地を持っていると税金がかかりますという法律を作って土地の購入を抑制しにかかりました。

 

土地価格下落

総量規制に金利上昇、地価税などで、土地をさらに買いにくいし、また持てば持つほど税金を払うことになることから「土地神話」は崩壊し、土地を売る人が後を絶ちませんでした。そうすると、土地の価格は一気に下がり、大企業などは多額の不良債権を持つことになりました。

また、株価もそれらの影響を受けて一気に下がりました。1990年と言えば、湾岸戦争が起こりました。イラクがクウェートに侵攻し、国連軍がイラクを空爆しました。

このような情勢も相まって日本の株価はどんどん下がり続け、日経株価平均は1年で半分近くまで値下がりしました。

ここまでくると大蔵省の総量規制の副作用だけが強く出たということになります。期待していた景気抑制が行き過ぎたのです。

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大手金融機関の破綻

不良債権を多数持つ企業はつぶれていきました。こうして大手企業が倒産するとそこに大金を貸していた銀行もお金を返してもらえません。

こうして、銀行や金融機関の中でも破産するところが出てきます。山一證券北海道拓殖銀行の名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。

銀行の営業不振により、融資自体がかなり難しくなり、安定した優良企業でも融資を受けにくい状況となりました。資金繰りが厳しくなった企業ではリストラも行われました。

 

失われた20年

バブル崩壊後の日本経済はよく「失われた20年」という表現を使われます。20年もの間景気はよくならずきたのです。

当然日本政府も黙って見ていたわけではありません。いろいろな景気刺激策を行ったりしましたが、バブル崩壊のダメージが大きすぎました

さらには、世界規模での影響が続きました。1997年のアジア通貨危機や2000年以降のアメリカでのITバブル崩壊などのあおりも受けました。

その後も、2008年のリーマンショックに、2011年の東日本大震災などにより日本経済はなかなか再興するチャンスをつかめませんでした。

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日経株価平均(イメージ)

上の図を見ると2011年以降株価は上昇しております。今はまた2020年に入ってCOVID-19の件で一時は16000円台まで下がるも少し持ち返して03月27日時点で19000円台です。

しかし、バブル崩壊後の失われた20年の株価と比べるとまだまだ高い状況ではあるのですね。

 

まとめ

いかがでしたか?バブルが起こったのにはプラザ合意後の日本の円高が原因でした。今までは円安で輸出で儲けてきた日本が円高になったこととそれに呼応する低金利政策により国内への投資が増えたのでした。

そして「土地神話」により土地を買う人が増え、土地の価格は度を過ぎて高騰しました。もうこの時点でバブルの崩壊へと向かっていました。

また、マスコミによる「土地神話」の流布も大きな要因でした。そして「儲け話」に乗っかってみんながこぞって「株」に手を出したのもバブル崩壊後に影響しました。

ここから学べることとしては2つです。

1)メディアの乗せられないこと

2)株や投資に手を出すならば勉強をしましょう

特にメディアの情報は鵜呑みにせず半信半疑くらいがいいかもですね。