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ワクチン接種後の脳出血について

新型コロナウイルス感染症のワクチンは世界中で既に50億人以上の人が1回以上接種しています。膨大なデータが蓄積してきており、同時に安全性についても調査が進められています。

最新のデータを元にこの問題について考えていきたいと思います。

最初に考えること

まず、接種後死亡というのは、接種した後に亡くなったという意味だけで、ワクチンが直接原因で亡くなったという意味ではありません

『接種後死亡』の意味

個々の症例で、ワクチンが直接影響したかどうかを証明するのは極めて困難です。

そこで、集団で見て、接種後に特定の疾患や病態が増えていれば、それはワクチンそのものによる直接的な『副作用』と考えられます。アストラゼネカワクチンでは血栓が、mRNAワクチンでは心筋炎は認められましたね。

接種後に発病頻度が増えるか?

コロナ禍前と、接種後の発生頻度を比べるのが手っ取り早いです。それで、有意差がないものは、直接影響を及ぼしたとは言えないのです。

しかし、mRNAワクチンは副反応が強いです。個人的には、接種による強い免疫反応やそのストレスで心筋梗塞や、血圧上昇により脳出血を引き起こしやすい状況になる可能性はあると思っています。

今回の議題

今回は、ワクチン接種後の脳出血について、この2つの観点で見ていきます。

接種後の脳出血

コロナワクチン接種後の死亡報告で、死因に『脳出血』が多いという指摘はありました。しかし、突然死自体が心臓と脳出血がほとんど*1ですから、それ自体は何もおかしくないのです。

ワクチン接種後の脳出血の原因としてよく仮説として言われるのがTTPという病気です。それでは今年発表されたELSEVIERのメタ解析*2を見ていきましょう。

コロナワクチン接種後のTTP

タイトルにある、TTPというのは血栓性血小板性紫斑病のことで、原因不明の指定難病です。癌や骨髄移植、妊娠など体の変化が起きたときに発症することがあり、ワクチン接種による免疫反応でTTPが起こることも過去にインフルエンザワクチンでも報告*3されています。

血小板が減少することで、血が止まりにくく(出血傾向)なり、青あざ(紫斑)が見られる病気です。当然、脳出血のリスクにもなります。

TTPについて

TTPは非常に稀な疾患で、毎年100万人当たり3~10人ほどが診断される病気です。

TTPとは

ほとんどが後天性で、20~40代の女性に多い*4ことが分かっています。

血小板同士をひっつける”のり”をフォン・ヴィルブランド因子(vWF)と言いますが、このvWFを切断する酵素がADAMTS13なんです。

vWFとADAMTS13

TTPではこの酵素が低下しているため、血小板がのりでどんどんひっついて血栓となってしまうのです。血栓傾向が進むと、まともに機能できる血小板が減少し、出血傾向になります。

結果

このメタ解析では最終的に世界中から23の報告論文(27患者)を扱っています。

結果

男女差はほぼありませんでした。

27人のうち、接種前にTTPの既往がある人が8人いました。要は、この人らは一度は寛解したけど、接種後に再発ということです。

ワクチンの種類別ではファイザーが一番多いですが、ま、これは、ファイザーを打った人口が一番多いのでなんとも。

多いのは紫斑など皮膚症状

症状として一番多かったのは紫斑や血尿などの粘膜・皮下出血でした。ただ、約半数の症例では構音障害や失語などの神経系症状も認めました。脳出血の人はいませんでした

TTPの救命率は80~90%*5とされますので、それもこの結果と合致しますね。

まとめ①

世界中の報告をまとめてきて調べたこのメタ解析で、TTPによる脳出血はありませんでした。

また、接種後のTTPの報告数を考えても、100万人当たり3~10人の発生頻度よりはるかに少ないこともわかります。

接種後TTPの頻度は高くない

これらからは、接種後TTPによる脳出血はかなりまれと考えられます。

しかし、脳出血を起こした症例では生命の危機に瀕している状態で、TTPを疑って検査をするとは思えないので、このデータに反映されていない可能性が高いです。

ということで、続いて、原因を問わずワクチン接種後に脳出血が増えていないか見ていきましょう。

原因問わず脳出血増加?

日本全国のまとめのデータは国立循環器病研究センターの研究*6がありますが、こちらは2020年までしかデータがありませんので、大規模接種のあった2021年は比較不可でした。

そこで、HPから簡単に入手可能の2院のデータを見てみましょう。

まず神戸中央市民病院*7は年ごとに患者数をまとめていますので、それを引用してみましょう。

神戸中央市民病院のデータより

大規模接種のあった2021年に、脳卒中全体で増加はありません。2020年は自粛の影響(飲酒↓など)か、全国の2020年のデータ*8にも合致します。

大田記念病院のデータより

一方で、広島県の脳神経センター大田記念病院*9のデータでは2021年に脳梗塞の患者が例年より増えていますが、脳出血は増えていません。

もっと大量の病院を調べないとわかりませんが、この規模の2病院で2021年に脳出血の明らかな増加が見られていないことはいい参考になります。

海外の大規模研究

ワクチン接種が進む中で、各国がビッグデータを用いてワクチン接種後に心筋梗塞や脳出血などが増えないかを調べています。

mRNAワクチン接種後の心血管イベント

フランスの大規模データの研究*10やアメリカの大規模データ研究*11では、mRNAワクチン接種後に脳出血などのリスクは上がらないと報告しています。

他にもイギリスでの大規模研究でも、mRNAワクチン接種後に血栓などのリスクは増加しないという報告*12があります。

1回目接種後にリスク増加

反対にmRNAワクチン1回目接種後1か月以内に脳出血のリスクが少し上がるというイギリスの大規模研究*13もあります。

不活化ワクチンとの比較

先日Lancetで発表された香港からの論文*14を見ていきましょう。

香港では、ファイザー製と中国のシノバック製の2つのタイプのワクチンが主に使われました。シノバック製はインフルエンザワクチンと同じような不活化ワクチンです。

コロナ感染後が一番リスクが高い

この結果によると、mRNAワクチンは、不活化ワクチンよりも接種後に脳出血の頻度が少し高いようです。しかしながら、いずれのワクチン接種後も、コロナ感染後と比較すると大幅に脳出血のリスクは低いということでした。

まとめ②

国内のデータでも2021年に脳出血が明らかに増えたことはなさそうです。

世界中での大規模な研究結果からもmRNAワクチン接種後に脳出血などの心血管イベントは増えないという報告が優位です。

しかしながら、イギリスの大規模研究ではmRNAワクチン接種後に脳出血が少し起こりやすくなるとまとめていたり、香港のデータでも、不活化ワクチンに比べるとmRNAワクチンは接種後の脳出血の頻度が少し高かったです。

しかしながら、感染後の脳出血のリスクの方がもっと高いため、ワクチン接種は重要だというのが論文の結論でした。

さいごに

かなり情報量の多い文章にお付き合いいただきありがとうございました。

基本的にはワクチン接種後に、TTPをきたし脳出血を起こすリスクは大きくないと考えられます。しかし、香港の研究からもわかるように、mRNAワクチンの方が不活化ワクチンよりもリスクが少し上がります。

コロナワクチン接種後に血圧上昇

基本的に脳出血のリスクは高血圧です。種類を問わずコロナワクチン接種後に異常高血圧となることがあるということもわかっています。接種後に血圧を測定するのも重要ですね。

今回のようなパンデミックでは短期間で大量製造ができるmRNAワクチンが初めて実用化され、大活躍しました。今後としては、副反応を大幅に減らせるかが重要な課題です。

一方で、今では、ノババックスという別のタイプのワクチンも使えますし、今後不活化ワクチンなども出回るでしょう。コロナの致死率が低くなったので、インフルエンザワクチンのように、重症化リスクのある人だけが、毎年打つようになると思います。

 

では、また(^.^)ノ

 

ノババックスワクチン

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