マルチリンガル医師のよもやま話

マルチリンガル医師の世界観で世の中の出来事を綴ります

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アノ薬が癌の進行を抑える

がん患者が増えていることは、何度もご紹介しています。

感染症、大気汚染、生活習慣、超加工食品の摂取などによる体内での「慢性炎症」ががんを引き起こすと考えられ、我々人類は便利さと引き換えにそれらのリスクを取っていることとなります。

さて、今回は、”がんの予防薬”について見ていきましょう*1

増加するがん

若い女性の乳がんや、若年性大腸がん、また前立腺がんなどが30年ほどでどんどん増えています。

たとえば、アメリカの約半分の州で40歳未満の乳がんは毎年0.5%以上ずつ増加しています。

若年性大腸がんの増加

また、若年性大腸がんは毎年1〜2%ずつ、前立腺がんに至っては、毎年2〜3%ずつの増加を示しています。

若年性大腸癌の急増

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この増加傾向を見ると恐ろしくなりますが、若年性のがんは高齢者のがんと比べて圧倒的に数は少ない(=まれ)ことは強調しておきます。あまり不安にならないようにしましょう。

そんな中、誰もが知っている""あの薬””ががんの進行を遅める可能性があることがわかりました。

2000年ごろから『がんの予防効果』*2*3が言われるようになり、アメリカなどでは実際に予防で飲んでいる人もいます。

その薬とはアスピリンです。

高リスク患者の予防内服は効果高い

大規模研究では、高度肥満、大量喫煙者、大量飲酒者で運動不足という生活習慣的に”大腸がんのリスクが高い人”には予防効果が大きい*4とわかっています。

アスピリン

アスピリンは解熱鎮痛剤で、バファリンが有名ですね。

バファリンの半分は”優しさ”という宣伝がありますが、それは胃への副作用を守る成分が入っているからです。

ちなみに、入っている量で考えると、バファリンの1/4が優しさです(笑)

アスピリンとは

さて、アスピリンは少ない量で使うと、血小板凝集抑制作用があり、血小板がひっついて固まる(血栓)のを妨げます。

なので、脳梗塞後の人などが、再発予防に飲んでいる”血をサラサラにする薬”ですね。

ところで、肥満大国アメリカではドラッグストアで買って、脳梗塞・心筋梗塞の予防で飲む人が結構います。要は再発予防ではなく、一次予防です。

アスピリンの一次予防はデメリットが大きい

一応、こういった病気の既往のない人のアスピリンによる一次予防に関しては、メリットはなく、むしろリスクが少し大きい*5とわかっています。

血を固まりにくくするので、出血したら止まりにくいとか、脳出血のリスクを高める可能性があるとされます。

ちなみに、アスピリンは胃で溶けるので、胃を刺激します。それを避けるために腸で溶けるようにしたのがバイアスピリンです。バイエル社の”バイ”です。

ま、結局のところ、腸で溶けても、薬の作用で胃の粘膜保護機能が落ちて荒れることがあるんですが。

がんへの作用

さて、いよいよ本題に入りましょう。

2021年のメタ解析*6では13の研究を合わせて14万例以上乳がん患者を調べると、アスピリン内服をしている症例では乳がんによる致死率を31%減らし、転移のリスクも9%減らすことがわかりました。

アスピリン内服によるがん抑制効果

また別の2020年の論文*7によると、毎日アスピリンを内服することで大腸がんのリスクを25%以上下げるというデータがあります。

これまで、アスピリンががんの予防に効果があるだろうとは言われてきましたが、正確なメカニズムなどはわかっていませんでした。

今回Nature誌に掲載されたケンブリッジ大学からの論文はアスピリンの抗腫瘍効果について新たな発見をしました。

アスピリンで免疫活性化?

アスピリンはTXA2(トロンボキサンA2)という物質をブロックすることで血小板の凝集を邪魔します。

で、このTXA2というのは、免疫のT細胞の働きを低くすることもわかってきました。

つまり、アスピリンによりTXA2をブロックすると、T細胞が活性化し腫瘍を攻撃できるという理論です。

転移予防薬として

ケンブリッジ大学の免疫学の教授で、今回の論文の著者は次のように語っています。

がん免疫療法は通常、がんが他臓器に転移した状態での治療に使われることが多いですが、実際はがんが体内で広がる初期の頃に、がん細胞が特に免疫攻撃に対して脆弱となる絶好の機会が存在します。

がんニッチの形成

がんは塊でいるときは、我々の免疫から身を守るような壁(がんニッチ)を作り上げるので、なかなか強敵です。

しかし、転移する際は、その防壁から離れるので、我々の免疫から攻撃を受けやすいわけです。このときに、私達の免疫をさらに強化できれば転移を防いだり遅らせたりできるという考え方です。

なので、アスピリンの現実的な使用は、早期がんの患者で、術後の再発予防だろうと著者は言います。

これが実際効果が認められれば、抗癌剤内服するよりも遥かに医療費が減ります。

また、がん死者の9割は転移が原因で死にます。この転移をある程度抑えたり、遅めることができれば、がん患者の予後は大きく変わるからです。

抗生剤で転移予防?

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さいごに

いかがでしたか?

かぜのときに飲むバファリンなどのアスピリンががんを抑制するという話は昔からチラホラと耳にしており、実際アメリカでは(個人で勝手に)毎日飲んでいる人もいます。

ご存じの通り、アメリカは日本のような安価な公的医療保険のシステムではないので、受診せずにビタミン剤とかドラッグストアで薬を買って飲むのが頻繁にあり、それに伴う肝障害などの問題も耳にします*8

どんな薬にも副作用があり、アスピリンは血小板が固まりにくくなるので、出血のリスクがあります。

がん予防で内服してて、怪我をしたときに大量出血で死亡とか、脳出血で死亡となると元も子もありません。

アスピリンの抗腫瘍効果と、副作用のリスクを天秤にかけると、現実的な使用は早期がん患者の再発予防となるのではないかと考えられています。

これが実現すれば、個人的にも社会的にも圧倒的に安い医療費で、がんの予後を大きく変えうるかもしれません。

 

では、また(^o^)ノ