マルチリンガル医師のよもやま話

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人類の進化とがんの関係

人間は長生きするようになり、がん患者が増えたと考えられています。

そして、便利な生活を享受する中、保存の効く加工食品や工業化による大気汚染、慢性的な運動不足などが合わさったことでさらに増加しています。

今回は、もう少し深く、中国科学院の遺伝発達生物学の研究室が発表した研究*1内容をもとに、人類の進化とがんの関係について学んでいきましょう。

デノボ遺伝子

中国科学院の研究チームが注目したのはデノボ遺伝子というものです。

今までは遺伝子としての役割を担っていなかった部分(非コード部)から誕生した遺伝子のことです。

ややこしいので、ザックリと説明すると、親から受け継いだものではなく、突然変異みたいなもんとだけ理解しておいてください。

他の120もの哺乳類のゲノムも用いて比較したところ、人間と類人猿のみで見られる37のデノボ遺伝子が見つかったのです。

これらの遺伝子は初期発生と言って、胎内で脳や生殖器が作られるときに、活発になっているようです。

そしてその役割が、人間の特徴となる『大きな脳』『高次思考』の形成に関与していると考えられています。

で、人間が高度な思考や言語を手に入れるために重要だったこのデノボ遺伝子がどうやらがんにも関連しているようなのです。

がんを促進

研究者らは22種類のがん種の5200もの組織を調べました。

すると、およそ半数の組織でデノボ遺伝子活性化されている状態で見つかりました。

通常、成人の体の組織では、これらのデノボ遺伝子不活状態になっています。がん細胞ではなぜか活発化しています。

その理由として考えられるのは染色体外DNA (ecDNA) と環状DNAです。

この染色体外DNAは染色体から切り離され、がん遺伝子を持ち、がん化を促進する可能性があると考えられています。

で、腫瘍細胞内にある染色体外DNAの中に、人類のデノボ遺伝子がたくさん見つかっています。

中国科学院の研究チームによると、これらのデノボ遺伝子の半数以上 (57%) が腫瘍細胞の増殖に勢いを与えていることがわかりました。

また、デノボ遺伝子の量が多い腫瘍では予後が悪い傾向にあることもわかりました。

治療に利用

デノボ遺伝子の中でも特にELFN1-AS1TYMSOSという2つの遺伝子が特徴的だそうです。

これらは人間以外の生物には見られない遺伝子であり、また人間でも健康な成人の組織ではまったく活動していないものです。

しかし、腫瘍の中では活性化されています。

要は人類が脳を大きくしたり、複雑な思考を持てるようにしたデノボ遺伝子が、残念ながらがんを増やしているようなのです。

一方で、プラスに捉えると、人間の腫瘍細胞でだけ活発なこの遺伝子を狙い撃ちできれば、新しい治療法となるという意味でもあります。

mRNAワクチン

その研究で出てきたのが、mRNAワクチンです。

近年、がんワクチンの開発で注目を浴びており、新型コロナウイルスワクチンで初めて実用化された技術でしたね。

がんワクチン

www.multilingual-doctor.com

北京大学の研究者と協力して、中国科学院の研究者らは、ELFN1-AS1TYMSOSという腫瘍細胞でのみ活性化している遺伝子が作るタンパクを標的にしたmRNAワクチンを作りました。

人間の免疫に近いように改造されたマウスで、このmRNAワクチンを用いてみると、腫瘍に対して非常に強い免疫反応が起きたのです。

さらに、現在すでに使用されている、がんの免疫療法と組み合わせると、さらに強い抗腫瘍効果が認められました。

これに関しては、他の研究*2からも”万能がんワクチン”と免疫チェックポイント阻害薬の併用が効果的だとわかっています。

万能がんワクチン(mRNA)の効果

また、人間の実際の癌細胞を用いてこのワクチンの効果を試したところ、しっかりと免疫反応が起きることを確認できたと言います。

20年後くらい先には治療用のがんワクチンは当たり前になっているかもしれません。

誰も気づかなかった

この遺伝子は今まで、ほとんどだれも見向きもしませんでした。

理由としては、通常はマウスなどを用いた研究から始まりますが、そうしたマウスなどにこの人類特有の”進化遺伝子”が存在しないことがあります。

さらにもう一つの要因として、これらの遺伝子はデノボ遺伝子、すなわち遺伝には関与しない非コード領域のため、データベース上でもがんに関与するであろう”遺伝子”としては分類されていなかったこともあります。

人類進化の過程で得た、人類特有のデノボ遺伝子が、人類を発展させたが、同時にがんを増やしたというのは皮肉ではありますが、一方でその遺伝子がもたらした人類の英知で、その遺伝子を標的にした解決法を見出そうとしているところです。

 

では、また(^^♪